郵袋と郵袋標札

郵袋(ゆうたい)は、文字通り郵便物を運ぶために納めていた袋です。おおまかに分けて大郵袋と小郵袋がありました。また、郵袋は鉄道を含む集配郵便局相互間の輸送のほか、集配局が管内無集配局の引受郵便物を集める際にも使用しましたが、ここでは集配局相互間輸送について書きます。なお、現在の輸送は樹脂製ケースに変わっています。

1 大郵袋(だいゆうたい)

明治時代よりも昔は書状を納めた箱を飛脚が担いだり馬の背中に乗せて走らせたのですが、近代郵便制度の発足により郵便利用が一般化して取扱通数が増え、輸送方法も人力荷車、馬車、船舶から鉄道に移行すると、輸送に適した丈夫な布製の袋を使用するようになりました。当初は郵便物の保護と積み降ろしの耐久性を考えて粗めの繊維で作られた行嚢(こうのう)と呼ばれる袋が使われましたが、のちに改良が加えられ、軽量で折りたたみが容易、かつ丈夫な麻を使った「並甲」「並乙」という種別の郵袋が普及しました。その後は、輸送交通機関や郵便物種別に適した色々な大郵袋が加わりました。一般に「郵袋」と呼ばれたのは大郵袋のことです。また、鉄道郵便局でもベテラン職員は郵袋のことを「こうのう」と呼ぶ人がいました。

郵袋に郵便物を納入して輸送できる状態にすることを「差立」(さしたて)と呼びました。まず、袋に郵便物を納入します。書留郵便物を納入した場合は郵便送達証が作成されるので、袋の内ポケットに送達証を入れ、その後に口を束ねてベルトを締めます。(書留、送達証在中の場合は、ベルト結着部に「封かん具」と呼ばれる赤色リボンを通し末端をホックで固定) また、ベルトに結着されている金属製のわく、又は郵袋の中央部に縫い付けられた厚手のビニール製の標札差しがあり、ここに差立をする局名と宛先となる局名等を標記した厚紙の「大郵袋標札」を取り付けるまでの一連の作業を差立作業と呼びました。宛先局では到着した大郵袋を開けて郵便物を取り出すのですが、これを「開披」(かいひ)と呼びました。標札は規程に基づいて保管又は廃棄し、袋は内部の残留がないかを確認後は折り畳んで保管し、同局の差立てに再利用します。一部の特殊な郵袋を除くと、使用範囲に限定はなく、国内どこへでも使えるので、紙幣、硬貨と同じく「天下の回り物」でした。また、駅ホームなどの積み降ろしで土やホコリが付着するので契約業者に依頼して定期的に洗濯もしていました。

【種別】

(1)並郵袋

いわゆる普通の郵袋、と呼ばれるもので、後述する特殊用途の郵袋を用いる場合以外の全ての郵便物の輸送に使いました。標準的大きさ(封書、はがきがおおむね1500通、小包類がおおむね2~4個入る)の並甲郵袋と、差立てる数量が少ない場合に使用する、並甲の半分ほどの大きさの並乙郵袋の2種類がありました。

    
  オユ10郵袋室に積み上げられた並甲郵袋                                                      並甲郵袋のベルトに結着された郵袋標札差し                         作業中車内の各種郵袋

(2)錠郵袋

並甲郵袋と大きさ、材質は同じものでありながら、ベルト金具を添付の南京錠で固定するもの。これを使用した場合は書留納入時の封かん具を省略できますが、解錠は特殊な鍵がないとできません。主に鉄道便と受け渡しする地方の小規模局と扱い便乗務員との受渡に使用されました。受渡する数量が郵袋1個未満の局とは錠郵袋1個ずつを交換するのが日常風景でした。

(3)長郵袋

並郵袋と同じ材質で細長く作られた郵袋。並甲郵袋に入らない長尺小包郵便物に使用するため考案されたが使用頻度がなかったので各局に配備するには予算的に難しく、到着局に長尺小包の差立がなければ長期保管となるなど使い勝手が悪く非効率であったのと、並郵袋に入らない小包類はそのまま輸送してよい規程があったため、現物を見たことがない局員が多い「幻の郵袋」としていつしか消滅しました。

(4)航空郵袋

航空機に搭載するために使用した濃青色の厚手ビニール製郵袋で、並甲、並乙と同様の大きさで航空甲、航空乙の2種類がありました。東京大阪間など空港最寄り局相互間に使われたほか、最寄り局を介して、鉄道などにもそのまま積まれ、扱い便では航空輸送後に積み込まれた郵袋を開披して区分作業するケース、あらかじめ空の航空郵袋を車内で準備して、航空輸送する局宛てに差立てる作業(輸送のしくみ「航空結束」を参照)もありました。

  標札差しと有証郵袋封かん具

(5)並赤甲郵袋

通常書留郵便物を輸送するには、後述する「小郵袋」に納めて封緘(ふうかん)措置をしてから大郵袋に納入するのが規定されていましたが、作業効率化のため特例的に書留郵便物を直接納入することができた赤色の厚手ビニール製郵袋。扱い便にも錠郵袋に代わって地方の沿線局と扱い便との受渡に使われるようになりましたが、数年で59・2改正合理化により扱い便が廃止され、並赤郵袋の受渡は短期間でした。

 

(6)ビジネス郵袋

速達とは別に特別料金で引き受けたビジネス郵便物を輸送したオレンジ色又は黄色の厚手ビニール製郵袋。特定の大都市局相互間の運用ながら、一部鉄道便にも積み込まれましたが、携行郵便線路(東京大阪間新幹線)を利用する際には国鉄指定のトランクに詰めました。

(7)その他の外国郵袋

外国郵便物は空港、港湾最寄りの指定郵便局で宛先国と協議して製作した郵袋が使われ、指定局と遠隔地の主要局との相互間では鉄道便にも外国郵袋が積まれましたが、車内で取り降ろし駅が明確になるよう、「神戸港」「大阪国際」など宛先局を示した紙片などが添付されていました。東門線の護送便でも散見され、長さ2メートル近いものや、重さも国内の郵袋(原則18kg以下)と異なり規格外だったので、重くて重労働であった上、車内の置き場所や積み方に工夫が必要でした。

【大郵袋標札】

前記大郵袋に差し込む厚紙製の標札で、だいたいトランプほどの大きさです。表面は白地、裏面はボール紙色として表裏を明確にし、表側を使用したら到着局で指定期間を保管するか即座に廃棄しましたが、扱い便内で万一標札が不足した場合、局の方針で標札をリサイクルする意識が強い場合は、裏面も使用可能であったものの、あまり積極的に裏面使用は行われなかったようです。標記方法は上の五分の四ほどの面積に縦書きで宛先局名を、下の五分の一ほどに横書きで差立局名を標記したので、一見して宛先局名が読みやすくなっていました。JRなどの窓口で長距離乗車券を買うと「○○から××ゆき」と標記されていますが、それに近いものです。標札は現場用語で「看板」と呼ばれ、輸送する郵袋の看板そのものでした。これを見ればどこの局宛で、差立はどこの局が行ったのか、どのような種類の郵便物が入っているのか、書留郵便物の有無などが一目でわかりました。

郵袋を輸送するに当たり、鉄道では「郵袋送致証」が、他の輸送でもそれに準じた書類が発着局、鉄道郵便局、鉄道便乗務員、トラック運転手との間で取り交わされており、郵袋には通常郵袋と小包郵袋、有証郵袋と無証郵袋という分け方があって、それら書類に郵袋数が明記されました。契約の印刷所で製造され局に納品される標札には各種あり、さらに局や列車内でゴム印押しなどすることで多彩な種類がありました。

扱い便に積まれた郵袋のうち、宛先局欄が当該便名、乗務員名となっているものは、車内で開披を必要とするものです。また、速達小包、小包などの集中、分配局が鉄道郵便局、分局となっている区域は当該局名が標記され、鉄道郵便局の駐在員が開披しました。一方で、差立局名が鉄道郵便局名となっているものは、扱い便車内又は駐在員が差立てたもので、扱い便は便名をゴム印で併記しました。

(1)普通通常有証用

宛先局、差立局名以外に何の記号もない標札。普通通常郵便物で、書留用小郵袋のみが納入されている場合、又は書留でない郵便物と書留郵便物が混在している場合はこの標札を使用しました。「有証」とは郵袋に書留郵便物と記録した郵便送達証が在中することを意味します。通称は「ユウショウ」でしたが、備え付けのゴム印や赤色サインペンで加筆すれば他の種別の標札に変えられたので「虫食い」「何でもしい(関西言葉)」の異名がありました。

(2)普通通常無証用

普通通常有証用に円形赤色文字の無証印を加えたもので、書留でない普通通常郵便物のみを納入した場合に使用。「無証」とは郵袋に郵袋に書留郵便物と記録した郵便送達証が在中しないことを意味します。書留で送る比率が全体の中では少ないので、輸送する郵袋は無証の方が圧倒的に多かったものです。通称は「ムショウ」。

(4)普通速達通常用

普通通常有証用の上部に赤色の太い実線を2本印刷した有証用と、それに無証印を加えた無証用があり、普通速達通常郵便物のみを納入した郵袋に使用しました。普通速達郵便物は白甲(又は乙)小郵袋に納入した上で大郵袋に納入しなければなりませんが(後述)、この標記の郵袋には白甲(乙)に納入しないで直接納入できました。通称は「バラソク」。

(5)航空速達用

淡青色地の標札で、記号がない有証用と、無証印を加えた無証用があり、普通速達通常郵便物を納入した航空郵袋に使用しました。通称は「アオ」。

(6)大型用

普通通常有証用に長方形赤色文字の大型印を加えたもので、書留でない普通定形外通常郵便物のみを納入した場合に使用。無証郵袋なのですが、無証印は標記されませんでした。定形外郵便物は企業間に特に多く、原則として郵便番号の上2けたで示される区域ごとに集中、分配局が決められ、他の通常郵便物とは作業場が異なるので、大型郵袋は分配局宛て、分配局差立が原則でした。通称は「オオガタ」。

(7)速達小包用

普通通常有証用に円形赤色文字の速達小包印を加えた有証用と、それに無証印を加えた無証用があり、速達小包のみを納入した郵袋に使用しました。輸送上では通常郵袋の扱いで、普通小包よりも優先して扱われました。2けた区分が行われ、指定された集中、分配局宛て、差立の郵袋のほか、聞き慣れない遠方や地方の局宛てで列車内に積まれたりしました。通称は「マルコ」。

(8)小包用

赤色の十字模様が特徴で他の通常郵袋と一目で見分けがつきました。有証用と無証印を加えた無証用があり、速達でない普通小包に使用されました。小包数個で大きな郵袋になり、民間宅配便が台頭するまでは郵便小包への依存度が高かったため、郵便車内の半分程度を占める勢力がありました。書類上で通常郵袋と区別され、郵便車内の結束や輸送方法が異なっており、鉄道便輸送区間でも主に護送便に搭載したり、コンテナ便、貨車便、水路便(船舶)に搭載するなどして輸送されたので、通常郵便物よりも日数がかかっていました。通称は「コヅ」。

(9)空郵袋

無記号の標札に赤色の空印(空の字を丸囲み)を加えたもので、完成品で納品されたものは記憶になく、普通通常有証用に空印スタンプを押して作成していました。空郵袋は、郵袋の回送を目的としたもので、2つの形態がありました。ひとつは、輸送量の偏りから特定の局に貯まる空の郵袋を必要な局に送り込むもので、畳んだ郵袋を10~15枚ほど重ねてひもで十字に縛り、いちばん上の郵袋標札差しに空郵袋標札を付けて輸送しました。一例では、東門線の上り護送便に岡山中央局から大阪小包局宛てで大量に積み込まれることがあり、小包が大阪⇒岡山で多く運ばれるのに逆方向はそれよりも少ないので郵袋が偏ったからと思われます。国鉄小荷物でも都会から地方への荷物に比べて逆方向が少ないことが車両と人手の効率を下げて赤字につながったとかで、郵便小包も同様の傾向があったようです。また、もうひとつの形態は、扱い便の乗務員が作業するにあたって開披した郵袋を使うだけでは適正な差立ができないので、作業にあたり標準的に必要な種別と枚数の郵袋を、乗務開始駅の鉄道郵便局、沿線局がそろえて一枚の並甲郵袋に入れて乗務員に渡しました。これが「準備郵袋」で、空郵袋の標札を付け、内ポケットには送付証(在中郵袋の内訳)が入れてありました。また乗務終了駅(乗務員交替駅)では、使用せずに残った郵袋を同様に空郵袋として差立てて、鉄道郵便局又は沿線局に引渡しました。標札のみならず、このような郵袋を「カス」と呼びました。

(10)合納郵袋

無記号の標札に赤色の合納印(合の字を丸囲み)を加えたもので、完成品で納品されたものがあったかどうかは確認できませんが、多くは普通通常有証用に合納印スタンプを押して作成していました。鉄道(国鉄小荷物や私鉄)、地方航空路線、その他の運輸機関に郵袋運送を委託する場合、郵袋1個につき荷物運賃を支払うのが一般的であったため、差立の都合で郵袋の容積よりも郵便物が少量の郵袋を委託すると運賃が割高になります。特に、扱い便が差立てた航空結束郵袋や、書留、速達、普通通常の区分差立を行う作業場が別々の大規模な郵便局が差立てた郵袋は、特に書留や速達を少量納入した、いわゆる「ヘナヘナ」「スカスカ」の郵袋(並乙、航空乙が多い)が生じます。そこで、託送便取扱局の発着担当部署で同一局宛の少量しか納入されていない複数の大郵袋を1枚の大郵袋に納めて締切り、合納郵袋とすることで委託個数が減り支払う荷物運賃が節約できます。それが合納で、差立ての際に合納印のスタンプを標札に標記しました。通称は「マルゴウ」。

(11)年賀用

無記号の標札に赤色の年賀印(二等辺三角形に年賀と標記)を加えたもので、大きな局では完成品で納品されたものもありましたが、多くの局では普通通常有証用に年賀印スタンプを押して作成していました。年末年始に年賀はがきのみを納入した郵袋に使用され、原則は2けた区分した上でゴムバンドで縛って納入するのでコンクリートの固まりを入れているかのような比重が重い郵袋で、並乙サイズながらも誤って足元に落とそうものなら大けがをしました。通称は「ネンガ」。

※資料館 大郵袋標札 を参照

2 小郵袋(しょうゆうたい)

小郵袋は、速達郵便物、書留郵便物を納入した上で大郵袋に納入する郵袋で、大郵袋の中で速達、書留郵便物が他の郵便物と区別できるようにした郵袋です。大郵袋を開披した局は、小郵袋を優先して取り出し、処理担当者に回すなど、特殊郵便物の所在を明確に区別するために使われました。

【種別】

(1)赤甲

速達でない普通書留郵便物を納入する郵袋。普通定形外郵便物の最大サイズを考慮した寸法で、郵便物番号を記載した郵便送達証と共に納入後、小郵袋標札を添付して封かん具(鉛玉と麻ひも)で固定し、標札内容を別の郵便送達証に記載して、大郵袋に納入しました。複数通を納入しても速達書留が1通もない場合に使用しました。

(2)赤乙

使用方法は赤甲と同じ。定形郵便物に合わせた寸法で、速達でない定形の書留郵便物のみ納入する場合に使用。

  

(3)白甲と白乙

寸法はそれぞれ赤甲、赤乙と同じで、速達郵便物を納入した上で、大郵袋に納入するのに使われました。赤甲、赤乙は袋の口が閉まらない作りになっているのに対して、白甲、白乙は袋の口にあるひもを引くと口が閉まる、いわゆる「きんちゃく袋」になっていることです。使い方は速達書留郵便物にあっては、赤甲、赤乙同様で、標札を付けて封かんをしました。複数通を納入する場合に、速達でない書留郵便物も併せて納入でき、最低でも1通、速達書留郵便物を納入する場合に使用しました。また、書留でない普通速達郵便物を差立てる場合も、前記の速達用標札を標記する郵袋でない場合は白甲、白乙郵袋に納入してから、他の郵便物と共に大郵袋に納入しましたが、標札は付けずに、きんちゃくひもを絞るだけでした。

  
        速達区分棚に準備される白乙、白甲郵袋                速達書留の差立は標札を付けて封かん

【標札】

書留郵便物を納入した小郵袋には標札を作成して添付し、封かん具で固定してから鉛玉を圧縮機でつぶすと小郵袋が完成します。小郵袋標札は薄黄色の長方形厚紙で、上部が三角形にとがっており、麻ひもを通す穴がありました。縦書きで宛先局名、下に横書きで差立局名が標記されており、その形状が平安時代の正装でかぶった帽子「烏帽子」に似ているところから「エボシ」と呼ばれました。扱い便のうち、長距離路線の一部では乗務員宛の小郵袋を開披して書留郵便物を区分し、小郵袋の差立をしましたので小郵袋標札も準備し、車内で記載しました。車内の書留区分と差立作業は手間がかかり時間的余裕が必要なことから、東門線などの特例輸送便、その他の路線では行わなくなり、小郵袋の区分と大郵袋への納入だけを行いました。

小郵袋標札(乗務員開披)

  
阪青線などで行われた書留区分作業          赤乙郵袋の差立作業 標札を添付しひもを通して先端を巻き封鉛を圧さくする
                速達書留を納入した白乙郵袋は          
小郵袋標札と封かん作業用具がそろう                                                                                                                                                         標札記載内容を郵便送達証に記録

 

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